みなさん、こんにちは。 1990年代に、JUDY AND MARYのフロントマンとして時代を席捲し、 今年ソロデビュー20周年を迎えたYUKIさん。 今回はYUKIさんの経歴に加え、元ヤンだった高校時代、 2003年に亡くなった彼女の長男についても調べてみました。 まずYUKIさんの経歴から見ていきます。 生年月日:1972年2月17日 出身地:北海道函館市 血液型:A型 身長:156㎝ 所属事務所:ソニーミュージック・アーティスツ 彼女の本名である「有希」には、 「希望が有りますように」という意味を込めて祖父が名づけたそうです。 そんな彼女の幼少期は目立ちたがり屋で、 かなり我が強かった子どもだったそう。 その目立ちたがり屋が悪い方にでてしまい、 小学校ではいじめにあってしまいます。 そしてその過去もあってか高校では不良グループとつるみ、 典型的なヤンキーとしての生活を送っていました。 家に帰ることなくなり、ひたすら友達の家をたまり場にしていたとか。 地元函館では町中でかなり目立っていたようで、 通り過ぎる人たちに顔を指されるほどだったようです。 とはいえ、高校時代から音楽には出会っており、 いくつかバンドを結成して活動していたようです。 そんな中で偶然、映画の撮影で北海道にきていた恩田快人さんと出会います。 このオンちゃんこと恩田さんとの出逢いで 彼女の才能を見抜いた彼がバンドへと誘うワケです。 先ほど話しましたが、YUKIさんは当時地元では有名なヤンキーでした。 ある日自宅でシンナーを吸っていた所を父親に見つかり、 ボコボコに殴られたそうです。 殴られた当人が仰天するほどのレベルで、 ボコボコにされたとのことだったので相当だったのでしょうね! シンナーの件の前から、公衆の面前でタバコを吸っていたり、 万引きして補導されたりを繰り返していたそうなので、 父親はかなりフラストレーションがたまっていたのではないでしょうか。。 またそれ以上に彼女が道を踏み外さないようにするための、 鉄拳制裁だったのかもしれません。 また学校も停学処分になり、 髪を染めて謹慎期間を過ごしていたとのことでしたから、 両親も大変だったのではないでしょうか。 今や、日本を代表する女性トップシンガーですから、 人生なにがあるかわからないものです。 次にYUKIさんの子どもについてですが、 現在彼女には2人の子供がいます。 正しく言うと初出産の長男は幼児の時点で突然亡くなり、 現在は次男と三男がいるということになります。 また第三子を出産した当時は、世間でも大きく取り上げられました。 新しい命を授かったことで多くのファンが歓喜しましたが、 出産後の子供の話題は少ないです。 YUKIさんが長年若々しい美貌を維持していることで、 「二児の母に見えない!」と評されることはありますが・・・。 性別は男の子であると出産後のニュースで明らかになっていますが、 その子供の名前や顔写真などは一切公表されていません。 それでは本題の突然死した長男についてですが、 YUKIさんは2003年の4月に第一子である長男を出産しました。 ソロ活動も順調で、私生活も仕事も幸せに満ちてました。 しかし2005年の3月の上旬、 YUKIさんは長男を突然亡くしてしまいます。 長男の亡くなった年齢は1歳と11ヶ月と、 まだまだ物心が付かない年頃でした。 亡くなってしまった長男の突然死の原因は、 乳幼児突然死症候群(SIDS)でした。 一部ネットでは、YUKIさんが愛煙家だったということもあり、 「タバコが原因ではないか?」と噂になりました。 しかし病気のことを調べてみると、 どうやらその節の信憑性が薄いかと思われます。 この乳幼児突然死症候群というのは元気な子供が、 健全な環境で育てられていたとしても起こりうる病気なのです。 ちなみに日本の統計では4000人に1人が、 この乳幼児突然死症候群で亡くなっています。 日本の乳児の死亡原因の第二位とされ、 ヨーロッパでは1位とされるほどメジャーなことです。 当時のYUKIさんは、「33年間生きてきた中で一番辛かった」と語り、 自身のホームページでは「いつも通り『おやすみ』を言ったままの突然のお別れでした」 と旦那の真心ブラザーズのYO-KINGさんと連名でコメントを出しました。 「こんにちわ。 今日は、かなしいお知らせをしなければなりません。 先日、私たちの息子が安らかな永い眠りに就きました。 いつも通り元気に過ごし、いつも通りきげん良く、 いつも通り「おやすみ」と言ったままの突然のお別れでした。 1年と11ヶ月の間、私たち3人は本当に幸せでした。 私たちは息子を、精一杯愛しました。 これからもずっと、愛しています。 息子の誕生から今日までいろいろと気にかけて頂き、ありがとうございました。 これからも私たちは、いつも息子と一緒です。 そして彼の分までしっかりと、生きていこうと思います。 よろしくお願いします。」 最後に話した言葉が「おやすみなさい」とは、 子を持つ親であればどんな悲しい事か想像に難くないでしょう。 世の中では子供を亡くした親が精神的に病んでしまい、 社会復帰ができないとことが多いです。 YUKIさんは傷心を抱えながらも、 子供を亡くした2ヶ月後には武道館のステージに立ち、 ファンの前でパフォーマンスを披露しました。 MCでは「息子を精一杯愛しました」 「彼の分までしっかり生きていこうと思います」と話し、 多くのファンの涙を誘い、会場ではすすり泣く声が響いていたそうです。 ライブのアンコールでは「ティンカーベル」をファンが大合唱し迎え、 YUKIさんは「各地でファンが暖かく応援してくれて、 本当に幸せ。感謝してます。」と話し、号泣していたそうです。 またYUKIさんの楽曲の中には、 突然死した息子のための曲があると言われてます。 その曲の候補としては、「長い夢」「同じ手」 「AIR WAVE」という可能性が高いです。 長い夢の歌詞には、 「夢で会えたら何を話そう」 「そこに行くにはどうすれば良いの?」 「寂しがり屋はどこだ?胸で暖めてあげようか?」 「同じ手」の歌詞には、 「私の涙は乾く間もない」 「君と過ごした時間は永遠だ」 「早くおいでよって聞こえてる」 「AIR WAVE」の歌詞には、 「私の声は風に乗り あなたの部屋に届くから 今日も泣いてる人達も 窓際で 笑いあえるはずだから」とあります。 「長い夢」に関しては、亡くなった後に発売されたシングルなので、 当時の傷心がモロに反映されている可能性が高いです。 それでも、息子が亡くなった直後は、 別の自分になりきって曲作りをしていたと語っているので、もしかしたら、 YUKIさん本人的には意識して作られてない可能性もあります。 2010年にリリースされたアルバム「うれしくって抱きあうよ」の頃には、 YUKIさんは等身大の自分と向き合って曲を作っていたそうで、 そのアルバムに収録されている「同じ手」という曲こそが、 YUKIさんが子供を想って作られた曲だという説が強いです。 また「歓びの種」を歌う際に、YUKIさんが感傷的な顔をすることが多いので、 その曲にも、何か強い想いが入っていそうです。 ただYUKIさん自身がインタビューやMCなどで、 特別に「子供のために作った」と語ったことはないため、 どれも憶測に過ぎません。 長男を突然亡くしてしまうという不幸に見舞われながらも、 気丈に音楽活動を続けているYUKIさん。 そんな彼女の今後に期待しましょう。 最後まで動画をご視聴いただき、ありがとうございました。 コメントを残してくれると、嬉しいです。 チャンネル登録、高評価もぜひお願いいたします。 それでは、また。
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