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【驚愕】西村知美の姉の誘拐事件の真相に震えが止まらない…!元祖天然タレントの”妊娠炎上”がヤバすぎる!

【驚愕】西村知美の姉の誘拐事件の真相に震えが止まらない…!元祖天然タレントの”妊娠炎上”がヤバすぎる!

みんさん、こんにちは。

ちょっぴりずれた発言が特徴的な元祖天然タレントの西村知美さん。

西村知美さんと言えば、麺類を長い舌に巻き付けて

食べる仕草が奇妙で可愛く、

ほんわかとした明るいイメージがあります。

今回はそんな西村知美さんについて迫っていきたいと思います。

本名:西村知美(にしむらともみ)

生年月日:1970年12月17日

血液型:O型

出身地:山口県

身長:155cm

趣味:ミュージカル観劇、温泉巡り、テーマパーク

1984年4月、学研のアイドル誌『MOMOCO』主催の

第1回ミス・モモコグランプリに輝き芸能界入りを果たしました。

1986年3月公開の映画『ドン松五郎の生活』で

主演デビューを果たしました。以後ドラマ、映画、舞台、

そしてバラエティと活躍の場を広げてきました。

また歌手としても数多くのCDをリリースし、

アイドル歌手としてもデビューを果たしています。

1992年からTBS系「さんまのSUPERからくりTV」に

レギュラー出演したほか、バラエティー番組に多数出演。

2002年、日本テレビ系「24時間テレビ」の

チャリティーマラソンランナーとして100キロを完走しました。

現在は、ラジオ日本「加藤裕介の横浜ポップJ」

ニッポン放送「森田健作 青春の勲章はくじけない心」

に出演しています。

そして1997年に結婚、1女を授かり母親として、主婦として、

またタレントとして活躍されてきました。

そんな西村知美さんですが芸能活動を続けながら

不妊治療に取り組んでいた時期がありました。

2度の流産を経て、子供を授かりました。

妊娠や不妊治療をしていたことを公表した際、

受けたのは誹謗中傷でした。

不妊治療を休んでいたところに、まさかの自然妊娠。

予想外の出来事に、喜びもひとしおだったのではないでしょうか。

「まさか、という思いでした。妊娠を発表すると同時に、

不妊治療に取り組んでいたことも公表しました。

わざわざ言わなくてもいいかな、と思いましたが、

自分と同じように悩んでいる人を少しでも勇気づけたい、

自分の経験が参考になれば……との思いから、

オープンにしました。」

これについて世間からはどのような反応だったのでしょうか。

公表後、ブログには、「流産は自慢。私は妊娠すらできない」

「私は旦那がいない。旦那がいるだけマシ」「流れろ」

「死ね」などの誹謗中傷のコメントがいくつも寄せられました。

臨月間近までお仕事をしていたので、

「おなかの大きなみっともない姿をさらしている」

というのもありました。

ひどいコメントを浴びせられ、

身重の体にはつらかったのではないでしょうか。

2年がたっても子供に恵まれず、不妊治療に取り組み始めました。

また治療中はいつ病院に呼び出されるか分からないので、

なかなか仕事も入れられなかったそうです。

治療のことで主人とけんかが続き、「そんなに子供が欲しいなら、

僕と別れてほかの人と作ればいいじゃないか」と

言われたこともあったそうです。

一度、妊娠しましたが流産し、

その後は人工授精に取り組んでいます。

人工授精に取り組んでいた時は毎日、

決まった時間に排卵誘発剤の注射を打たないといけません。

自分で薬を混ぜて、テレビ局のトイレでお尻に打つそうです。

ためらっていると本番が始まってしまう恐怖があり、

早くしなきゃ、と自分を奮い立たせていましたそうです。

本当は仕事を休んだ方がいいのかもしれませんが、

治療費が何十万、何百万とかかるため、

仕事は続けなければならない。

体力的にも精神的にもつらかったそうです。

芸能界の仕事を続けながらの不妊治療は、

想像を絶する大変さですね。

自分のことは自分で守らなきゃいけない一方で、

一度引き受けた仕事はやらなきゃいけない、

というジレンマがあり、周囲には不妊治療をしていることは

言ってなかったそうです。

2度目の妊娠が分かった時、ドラマの撮影現場で体を冷やしてしまい、

再び流産を経験をしています。

その後の治療について次のように語っています。

「2度の流産で精神的にもかなり病んでしまい、

考え方を変えようと思いました。不妊治療はいったんお休みして、

仕事を一番に考えることにしたんです。

そんな時、「24時間テレビ」の看板企画「チャリティーマラソン」

のお話をいただきました。走るのが大の苦手で、

2回ほどお断りをしましたが、

「今まで会ったことがない自分に会ってみないか」という

口説き文句にひかれて挑戦しました。

最初の練習では、

500メートルを走っただけでバテてしまうほどでしたが、

本番ではなんとか完走することができました。

その後、舞台にも挑戦し、仕事の幅を広げていた時、

妊娠の兆候が出ました。」

さすがに3度目の自然妊娠は期待するのは怖かったでしょう。

「2002年12月「あれ、もしかして?」と思いましたが、

期待しちゃうのは怖い。

「まさか、サンタさんが赤ちゃんを連れてくるなんてないよね」

と言いながら病院に行ったら、「おめでたですよ」と

言われてびっくり。主人に伝えたら、うれしくて、

友達に報告しようとどこかに出かけちゃいました。

 不妊治療中は、夫婦で大げんかばかりしていましたが、

治療をお休みしてからは、

「子供がいる人生がすべてじゃない。いなかったらいないで、

2人で幸せな時間を過ごそうね」

と前向きな話をするなど、

とてもリラックスした時間を過ごしたそうですね。

そして西村知美さんには2歳年上のお姉さんがいますが、

そのお姉さんが過去に誘惑されたことが明かされています。

それは、西村知美さんが本格的にデビューして

3年余りが経った頃。

西村知美さんの熱狂的なファンであった犯人が、

どうしても西村知美さんに会いたいと、山口県の実家を訪ねます。

当時は芸能人の実家の住所は雑誌に掲載されていて、

簡単に場所がわかったそうです。

現代ではあり得ませんが、

当時はファンレターを送りやすいようにという理由なのか、

オープンにしていたようですね。

そして、不幸にも一人で留守番をしていたお姉さんに、

犯人はいきなり登山ナイフを突きつけて

脅したと言います。

そのまま犯人の車の後部座席に乗せられ、

西村知美さんの暮らす東京まで連れて行け!と

拉致されてしまいました。

山口県から拉致されて、8時間も車内に閉じ込められていましたが、

チャイルドロックがかかっていて車から出られなかったそうです。

しかし、途中広島県のラーメン屋の駐車場に停まった隙に

大声で助けを求めたお姉さん。

それに気がついた会社員が警察に通報し、

犯人は誘拐の現行犯で逮捕されたのでした。

当時お姉さんは20歳で、

本当に怖い思いをしたと思います。

この事件で男性恐怖症になっていなければいいですが

心配になりますよね。

お姉さんは現在は49歳。

結婚して子供がいてもおかしくない年齢ですが、

こんな事件があったせいか一切公開されていません。

その後、ニュースなどでお姉さんの情報は出ていませんので、

今は元気に幸せに暮らしていると思われます。

有名人の身内って、いいなぁと思われがちですが、

このように事件に巻き込まれるリスクもあるので

とても怖いですね。

いかがだったでしょうか。

今回は、西村知美さんの経歴や不妊治療と

お姉さんの誘惑事件についてまとめました。

テレビでは天然キャラとして活躍されていましたが

その裏側でとんでもない苦悩があった西村知美さん。

今でもラジオ番組で活躍されているそうですが、

年齢的には、もう若くないのでほどほどに頑張ってほしいですね。

最後まで動画をご視聴いただき、ありがとうございました。

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それでは、また。
芸能LAB編集部