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【驚愕】風見しんごの長女の切ない最期に涙腺崩壊…!「僕笑っちゃいます」で人気を博した歌手の次女の現在に驚きを隠せない…

【驚愕】風見しんごの長女の切ない最期に涙腺崩壊…!「僕笑っちゃいます」で人気を博した歌手の次女の現在に驚きを隠せない…

みなさん、こんにちは。

欽ちゃんファミリーの中で

突出したアイドル性を持ち、

数多くの人気バラエティ番組に

出演してきた風見しんご(かざみしんご)さん。

今回は、風見しんごさんは

幼い長女と長男を相次いで亡くしてから

10年以上たちますが、

今は亡き子への思いを胸に

前向きに歩んでいるようです。

ともに試練を乗り越えた妻と、

もう一人の子供(次女)に目を向けて、

風見しんごさんの家族について

まとめていきたいと思います。

はじめに、風見しんごさんの

プロフィールからご紹介します。

名前:風見しんご

生年月日:1962年10月10日

出身地:広島県

身長:169cm

血液型:A型

職業:俳優、タレント、歌手

風見しんごさんは歌手活動もはじめており、

1983年に「僕笑っちゃいます」でレコードデビュー。

この曲が最大のヒット曲となり、

第16回日本有線大賞最優秀新人賞を受賞。

その後、第16回日本レコードセールス大賞新人賞も受賞しました。

また、4曲目に発売した

「涙のtake a chanse」では

ブレイクダンスを披露したことでも話題に。

さらに、映画のテーマ曲を担当したりと、

歌手としても活動していました。

風見しんごさんは俳優としても活動し、

映画の役柄のためにピアスを開けたそうです。

しかし、当時ピアスをあける

男性は珍しかったことで、

いろいろな噂もあったようですね。

そんな風見しんごさんは映画やドラマで

主演をつとめることもあり

俳優としても大活躍していました。

風見しんごさんは、女優として活動していた

荒井晶子さんと1994年に結婚しました。

風見しんごさんにとっても、

大ブレイク中の結婚でした。

そして、お相手の荒井晶子さんも

女優として活動しており、

映画「釣りバカ日誌」に出演したり、

ドラマ「愛しの刑事」で主演をつとめたこともありました。

現在は女優業はしていないそうなので、

短い女優活動だったそうです。

風見しんごさんが結婚した2年後に

長女のえみるちゃんが誕生。

そして、2003年には

次女のふみねさんが誕生しました。

2人の可愛らしい娘さんたちと

幸せな家族生活を送っていた風見しんごさんに、

突如悲劇が襲ったのです。

2007年1月17日、

朝いつも通り学校に通った

長女のえみるちゃんですが、

自宅からわずか150mのところで

トラックにはねられたそうです。

そして、病院に搬送されるも

頭蓋骨骨折で息を引き取りました。

まだ、えみるちゃんは10歳でした。

えみるちゃんは将来ダンサーになることを

夢見ていたそうです。

そして、子煩悩だった風見しんごさんにとって、

長女も自慢の娘でした。

そんな可愛がっていた娘の突然の死。

想像ができないほどの悲しさ、

辛さがあったことでしょう。

えみるちゃんは青信号を渡っていたときに

トラック運転手にひかれてしまいました。

運転手はえみるちゃんに気づかなかったそうですが、

業務上過失致死の容疑で逮捕され

禁固2年の実刑判決。

幼い子供の命を奪ったことや、

注意していれば避けられたことから

この判決になったようですが、

あまりにも軽すぎると非難殺到となりました。

トラック運転手についての情報は、

当時何も放送されることがなく、

22歳のトラック運転手としか出ていませんでした。

このご時世、どこの会社の人などは

すぐ情報が出るにも関わらず、

加害者情報があまりにも出なかったことで

視聴者が不信に思い調べる人が続出。

すると、トラック運転手は

「花王ロジスティックス」の社員だそうで、

主に「花王」の製品の運搬などをする会社だったとか。

一部では、テレビ局の大手スポンサーなために

報道を自粛したのではないかという噂が出ていました。

加害者は事故を起こしたとき、

救急車ではなく最初に会社に連絡したことが

明らかになっています。

さらに、「花王ロジスティックス」は

「ルートは会社では決めていない」と発言したことも、

「責任逃れではないか」と

非難殺到となってしまったようです。

風見しんごさんは加害者への怒り、

憎しみなどはあったはずですが、

加害者への思いなどは

一切テレビで発言しませんでした。

その理由として、えみるちゃんが

喧嘩嫌いだったために発言は控えたそうです。

憎しみや怒りの発言をしたら

えみるちゃんに怒られると

思ったのかもしれませんね。

一周忌にあたる2008年1月には、

交通事故に対する思いをつづった

『えみるの赤いランドセル』を刊行。

さらに2016年には、

この年に成人式を迎えるはずだった

えみるさんへの思いを記した

『さくらのとんねる』を出版しています。

風見しんごさんの娘さんである

えみるちゃんが亡くなってから1年後、

奥さんが妊娠したそうです。

長男だったそう。

子供は男の子で、

夫妻は「こころ」と名づけて誕生を

心待ちにしていたそうです。

辛い悲しみから新たな命の誕生と思いきや、

またまた悲劇が起きてしまったのです。

長男は妊娠5ヶ月のときにダウン症だと判明しました。

しかし、出産をすることを決めたものの、

妊娠8ヶ月のときに

心臓が止まってしまっていることがわかったそうです。

お嫁さんは心肺停止となった長男を

陣痛誘発剤を使って出産したそう。

そして、家族で亡くなってしまった長男と対面したようです。

風見しんごさんは、

長男が亡くなってしまいましたが、

えみるちゃんが家族が前を向くために

授けてくれたのではないかと語り、

えみるちゃんい感謝していました。

壮絶な経験がありましたが、

少しずつ家族で前を向いていこうと決めたようですね。

風見しんごさんの次女であるふみねちゃんは

既に14歳(2017年時点)。

アメリカのハイスクールに進学したそうです。

今、ふみねちゃんは舞台女優を目指しているそうで、

萩原欽一さんに「英語が出来なきゃダメ」

と言われたことがきっかけで海外留学を決めたそうです。

えみるちゃんが亡くなったとき、

まだふみねちゃんは3歳でした。

3歳で相当辛い経験をしたことでしょうが、

あまり覚えてない可能性もありますね。

ただ、ふみねちゃんは事故後、

周りが悲しんでいるのを察して

「自分がえみる」と語っていたそうです。

というのも、自分がえみるちゃんになれば

周りが悲しまないと思ったからだとか。

3歳でこの発想はすごいですよね。

そんな悲劇に見舞われた、

風見しんごさんと荒井晶子さんには

離婚疑惑が出ていました。

風見しんごさが日本に住んでいて、

荒井晶子さんが次女とアメリカに住んでいたため

別居という噂が出たのでしょう。

風見しんごさんが事故当時を

振り返って発言したとき、

当時は家族もバラバラになりかけた

と語っていました。

長女の死、そして続いて

長男の死で辛い経験をした家族。

少しずつ距離が離れていってしまったのかもしれません。

そんな風見しんごさんの家族ですが、

事件後に少しずつ前を向いていったそうです。

前を向けたのは、きっと次女ふみねちゃんの

存在があったからでしょう。

風見しんごさんは今でも

怖くてふみねちゃんを1人で

コンビニに行かせるのも嫌だと語っていました。

そんな家族は、アメリカと日本と

離ればなれになっていますが、

心はつながっているようですね。

風見しんごの次女・ふみねちゃんは

アメリカのハイスクールに進学し、

現在は舞台女優を目指しているそうです。

壮絶な過去を乗り越えてきた風見しんごさんは、

家族と共に少しずつ前に進んでいるようですね。

ふみねちゃんが舞台女優として

活躍しはじめるのが今から楽しみです。

今回は、欽ちゃんファミリーの中で

突出したアイドル性を持ち、

数多くの人気バラエティ番組に

出演してきた風見しんご(かざみしんご)さんの、

長女の事故死の真相、

長男の死因、

次女の現在など、

家族にスポットを当てて

ご紹介してきました。

いかがでしたでしょうか。

数々の悲劇に見舞われながらも、

今は亡き子への思いを胸に

前向きに歩んでいる、

風見しんごさんの今後の活躍も期待しましょう。

最後までご視聴いただき

ありがとうございました。

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ぜひお願いいたします。

それでは、また。
芸能LAB編集部