倍賞美津子が元夫・アントニオ猪木と離婚した本当の理由に一同驚愕…姉・倍賞千恵子と『純情二重奏』で人気を博した名女優の娘の現在…突然襲った病魔の正体に驚きを隠せない…
みなさん、こんにちは。
さばけた自然体と芯の強い女性像で
同性のファンも多い倍賞美津子さん。
旦那さんがアントニオ猪木さんだったことを
知らない人が増えており、時代の移り変わりを感じます。
ここでは二人の結婚や倍賞美津子さんの現在の様子
また離婚の一因とされるショーケンとの熱愛について
紹介していきます。
まずは倍賞美津子さんの
プロフィールと経歴を紹介していきます。
名前:倍賞美津子
生年月日:1946年11月22日
星座:いて座
血液型:B型
身長:163cm
出身地:東京
ジャンル:女優
デビュー年:1967年
デビュー作:純情二重奏 (映画・松竹)
デビューしたきっかけ:SKDから映画の世界へ
名実ともに日本を代表する演技派女優の一人である倍賞美津子さん。
同じく名女優の倍賞千恵子さんは5歳年上の姉です。
所属事務所はロータス・ルーツ。
倍賞美津子さんは北区立紅葉中学校卒業後に松竹音楽舞踊学校へ。
1965年にSKD(松竹歌劇団)に入団し
レビュー『秋の踊り』で頭角を現しました。
スクリーンデビューは姉・千恵子さんと姉妹を演じた『純情二重奏』。
演技派としてその名を高めたのは1979年の『復讐するは我にあり』でしょう。
同作では緒形拳さん演じる凶悪殺人犯の妻を体当たりで熱演。
1985年には、『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』
『友よ、静かに瞑れ』『恋文』の3作品で
日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しています。
テレビドラマでもおなじみの女優ですね。
倍賞美津子さんのかつての旦那さんは
元プロレスラー・元政治家のアントニオ猪木さんです。
夫婦として過ごした時期は1971年から1988年。
アントニオ猪木さんは4度の結婚歴があり
倍賞美津子さんは2人目の妻です。
猪木さんは本名を猪木寛至(いのきかんじ)さんといい
1943年2月20日生まれ、神奈川県横浜市鶴見区出身。
格闘技ファンならずとも誰もが知るカリスマですね。
キャッチフレーズの「燃える闘魂」
テーマ曲の『炎のファイター(イノキ・ボンバイエ) 』
闘魂注入ビンタはあまりに有名ですね。
時には「迷わず行けよ、行けばわかるさ」
といった名言を残すポエマーな一面も。
異なる世界で活躍する二人の結婚は大きなニュースになりました。
キューピッドは先輩プロレスラーの豊登道春さん。
夢中になったのは猪木さんのほうで
倍賞美津子さんには迷いもあったようです。
女優業が軌道に乗っていたことと
姉・千恵子さんを差し置いて結婚していいのかという思い。
猪木さんに押し切られる形でゴールインとなり
1億円の披露宴が話題を呼びました。
1974年には女児を出産。
娘の猪木寛子さんはミュージカル『アニー』でアニー役を演じた元女優です。
その後は女優の道には進まず
両親の離婚後は倍賞美津子さんが引き取って、ボストンの大学へ留学。
倍賞美津子さんにはすでに孫がいることがわかっています。
ドラマ版『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』
のオカン役が好評だったことから
近年は母親役や祖母役が増えている倍賞美津子さん。
ネット上では最近の顔のシワに驚く声も見られますが
倍賞美津子さんは撮影現場でライトの当て方やカメラのアングルに
注文をつけない数少ない女優なのだとか。
それは確固たる信念の表れでもありました。
曰く、過去の経験すべてが今の自分を作っているのだから
シワは年輪と同じであり、そのシワを否定することは自分の人生を否定すること。
とても共感できる考え方です。
2019年にはテレビドラマ『TWO WEEKS 』
『ドクターX〜外科医・大門未知子』
映画『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』などに出演。
2020年公開の『糸』でも好演しています。
夫妻の離婚は複数の理由が重なった結果なのかもしれません。
まずはアントニオ猪木さんの浮気。
そして、アントニオ猪木さんが事業の失敗を重ねる中で
倍賞美津子さんの不倫が発覚。
お相手は『恋文』で共演したショーケンこと萩原健一さんでした。
倍賞美津子さんはショーケンと事実婚状態になりますが、やがて破局します。
のちにショーケンは倍賞美津子さんについて
いちばん愛した女性とほのめかす発言をしています。
そんな倍賞美津子さんはガンの手術を受けていました。
昔に比べると完治する事も増えてきた癌。
ですが、罹患した事が分かるとまだまだ身構えてしまう人は多いはず。
著名人が癌を公表すると世間に衝撃が走るという事実が
その事を如実に物語っていると言えるでしょう。
実は倍賞美津子さんも過去に癌が見つかり手術を受けているんです。
1997年に直腸癌が発覚した倍賞美津子さん。
進行具合によっては患部のみ取り除き、肛門の機能を残す事が可能。
ただ、その場合は取り残しや他の部分への転移が懸念されてしまいます。
その事を分かっていたのか、倍賞美津子さんは
直腸の全摘出と人工肛門を付ける事を即決したそうです。
当時はまだ50歳と女優業はもちろん、
人生もまだまだこれからという時。
人工肛門を付ける事は女優業に支障をきたす恐れもあったはず。
それでも人工肛門を付ける事を即決した倍賞美津子さん。
その後の自分の命を守るためとはいえ、
なかなか決断出来る事ではありませんよね。
また、隠しておきたいと思う人は少なくないはずですが倍賞美津子さんは公表。
きっと同じように人工肛門を付けて生活する人々に
元気を与えたい、という思いがあるのでしょう。
実際に活躍する倍賞美津子さんを見て
元気づけられている人も多いと思われます。
また、姉の倍賞千恵子さんも2001年に乳癌に罹患。
癌が進行していれば全摘出となるところ、
早期発見だったためか乳房温存手術を受けています。
もしかすると倍賞美津子さんが癌になった事から
定期的に検診を受けていたのかもしれませんね。
倍賞美津子さんはタバコが似合う女優の代表格
かつてはテレビや映画で当たり前のように見られたタバコ。
きっと好きな俳優のタバコの吸い方を
真似した人も多いのではないでしょうか。
ですがタバコを排除する社会情勢となった昨今では
喫煙シーンが減っているように思えます。
それでも印象的なシーンでタバコが使われる事が少なくありません。
都会的な女性を演じる事が多かった倍賞美津子さん。
様々な作品で印象的な喫煙シーンを見せています。
貰い煙草やタバコに火を付けてもらう。
それらの動作だけで心情を表現するのは見事の一言に尽きます。
また、タバコを吸う事で気苦労や気怠さも引き立つ気がしますよね。
ただ、当然ながらそれらは誰が演じても同じように感じられるものではありません。
倍賞美津子さんの卓越した演技力があってこその名シーンです。
今後、さらに規制が厳しくなりそうなタバコ。
もしかすると二度と倍賞美津子さんの喫煙シーンは
お目にかかれないかもしれませんね。
タバコが似合う女優の1人である倍賞美津子さん。
ですが、喫煙が原因でDVD化や
オンデマンド配信が出来なくなった作品もあるんです。
その作品は1992年のドラマ「悪女」。
石田ひかりさんがゴールデンタイムの地上波初主演作として大きな話題となりました。
ところがこのドラマには当時
未成年だった石田ひかりさんが喫煙や飲酒するシーンが。
未成年の禁酒や喫煙に関する規制が強化された事もあり現在はお蔵入りに。
つまり倍賞美津子さんはとばっちりを受ける形となってしまったんです。
それにしても役とはいえ未成年者に
飲酒や喫煙させるなんて今では考えられません。
未成年で飲酒や喫煙した事で
芸能界に居場所が無くなってしまう人もいますからね。
いかがでしたか
今回は倍賞美津子さんの結婚や離婚の原因
また現在の様子などについて紹介してきました。
今後も倍賞美津子さんの活躍が楽しみですね。
最後までご視聴ありがとうございました。
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それでは、また。