宇津井健が晩年再婚した妻の正体…遺産相続問題に一同驚愕…『日本のお父さん』と言われた名俳優の山口百恵との最期まで続いたまさかの関係性に驚きを隠せない…

宇津井健が晩年再婚した妻の正体…遺産相続問題に一同驚愕…『日本のお父さん』と言われた名俳優の山口百恵との最期まで続いたまさかの関係性に驚きを隠せない…

みなさん、こんにちは。

日本のお父さんとして

長らく親しまれてきた

宇津井健(うついけん)さん。

突然の死去に日本中が悲しみに包まれましたが

死因は何だったのでしょうか。

葬儀で喪主を務めた妻と

再婚したのは死去直前でした。

そして昭和の大スター、山口百恵さんとは

ただならぬ関係にあったようです。

ということで今回は

宇津井健さんの死去と死因

妻との再婚、山口百恵との関係

について見ていきたいと思います。

最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。

まずはプロフィールから見ていきましょう。

読み方 (うつい・けん/Utsui Ken)

出身地 東京都

生年月日 1931年10月24日

没年月日 2014年03月14日

年齢 享年82歳

身長 173cm

星座 さそり座

血液型 A型

職業・ジャンル 役者・俳優

宇津井健さんは千葉県立千葉高等学校卒業し

早稲田大学第一文学部演劇専修に進学しますが

中退しています。

勝新太郎さんとは幼馴染だったそうです。

大学時代は馬術部に所属していました。

在学中の1952年に俳優座養成所に

第4期生として入団しました。

同期には佐藤慶さん、中谷一郎さん

仲代達矢さん、佐藤允さんなどがいます。

この間に1953年の映画『思春の泉』で

初主演を果たしました。

配役理由は「裸馬を乗りこなす」

ことが条件だったため

適任者がなかなか見つからず

宇津井さんに白羽の矢がたったそうです。

どこで何が役に立つか、わからないものですね。

翌1954年に新東宝に入社し

若手スターとして活躍し

『鋼鉄の巨人(スーパージャイアンツ)シリーズ』

では、主演を務めました。

新東宝が倒産した1961年には大映に移り

映画では脇に回ることが多くなります。

1960年代半ばから1980年代前半まで

大映テレビドラマの

大黒柱として活躍しました。

1965年に開始された『ザ・ガードマン』は

30%を超える高視聴率をマークし

1971年までの約7年にわたって

放映された代表作の1つです。

山口百恵さんと共演した「赤い」シリーズでは

「山口百恵の父親役」で百恵さんとともに

一世を風靡しました。

また、「赤い」シリーズの前作となる

TBS系ドラマ『顔で笑って』では

主題歌「パパは恋人」を

山口百恵さんとデュエットしています。

『たんぽぽ』出演以降

橋田壽賀子さんの作品にたびたび起用され

「橋田(石井)ファミリー」の一員と

見なされていました。

平成に入ってからは『ごくせん』にて

主人公の祖父役で出演し

比較的若い世代にも顔が知られました。

子供思いの父親・祖父役に当たり役が多く

「温厚で気が優しく根は熱血」といった

役柄が多かったようです。

悪役を演じることは滅多になかったといいます。

宇津井健さんは自宅に

トレーニングルームを作るなど

体を鍛えることを日課としていたそうです。

そのトレーニングルームには

テレビ通販で購入したマシンが沢山置かれているそう。

ただ有酸素運動は嫌いだったそうです。

また、ドラマの収録時の合間には

持参した鉄アレイで体を鍛えていた

という逸話もあります。

とてもストイックな人だったんですね。

そんな宇津井健さんの座右の銘は

「才能の器は小さい、努力の器は大きい」

だと言われています。

ストイックな宇津井健さんらしい

座右の銘ですね。

常々健康に気を付けており

タバコも吸わなかったそうです。

ですが宇津井健さんは

2014年3月14日に慢性呼吸不全のため

亡くなっています。

亡くなる前年の2013年から

肺気腫を患っていたそうです。

宇津井健さんの遺作となったのは

「渡る世間は鬼ばかり 2013年スペシャル」。

肺気腫の影響もあってか呼吸するのも大変で

収録の合間に呼吸器を付けて

呼吸を整えるという状態でした。

橋田寿賀子さんの脚本では

名物の長台詞も最小限に抑えるという

配慮もあり無事に収録は終了しました。

病を押してまで撮影に臨んだことから

「渡る世間は鬼ばかり」が

宇津井健さんにとって

いかに大事な作品だったか分かります。

2014年にも「渡る世間は鬼ばかり」の

特番が計画されていたそうで

「特番があるので頑張る」

と亡くなる1週間前に宇津井健さんが

語っていたことが明らかになっています。

2006年4月に最愛の妻に

先立たれていた宇津井健さん。

その後、名古屋にある高級クラブで

ママをしていた文恵さんと内縁関係になります。

宇津井健さんが亡くなる5時間前に

婚姻届けを提出したことが

大きな話題となりました。

内縁の妻と正式な妻とでは

遺産相続で大きな違いがあります。

また、内縁の妻が葬儀で喪主を務めると

批判を浴びまずが正式な妻であれば

批判される理由がありません。

宇津井健さんなりの「けじめ」と「願い」

が込められた婚姻届けだったことでしょう。

死去直前の結婚は美談として世間の話題となり

文恵さんが「お互いの遺産は放棄する」

と公言したことが更なる話題となりました。

今後も美談として語りつがれると思われた

この一件ですが突如、文恵さんが

「遺産放棄するとは言っていない」

と発言したことから宇津井健さんの長男と

遺産相続をめぐるトラブルが起きてしまいます。

現在も遺産相続トラブルが

解決したという情報はありませんので

まだ揉めている可能性がありそうです。

結果的に美談を台無しにした文恵さん。

天国で宇津井健さんは今何を思っているのでしょうか。

今からは山口百恵さんとの

関係について見ていきたいと思います。

昭和を代表するアイドルでもあり

大スターでもある山口百恵さん。

宇津井健さんと山口百恵さんには

ただならぬ関係があったことをご存知ですか?

ただならぬ関係といっても

ドロドロとした恋愛関係ではありません。

歌手の山口百恵さんが

初めてテレビドラマにレギュラー出演した

「顔で笑って」。

先ほども話しましたが

このドラマにおいて山口百恵さんの

父親役を宇津井健さんが演じてただけでなく

主題歌のデュエット曲も二人で歌っています。

その後、山口百恵さんの代表作となる

ドラマ「赤い」シリーズのうち3作品でも

宇津井健さんが父親役として出演しています。

親子役での共演が多かったことから

山口百恵さんは宇津井健さんのことを

「お父さん」と呼ぶ程慕っていました。

そんな山口百恵さんが結婚したのは

俳優の三浦友和さん。

二人が結婚した時

宇津井健さんが仲人を務めています。

それもそのはず

「三浦友和」という芸名を付けたのは

宇津井健さんだそうです。

また、三浦友和さんのデビュー作に

宇津井健さんが主演したドラマ「シークレット部隊」。

このように宇津井健さんと

山口百恵さんの間には

ただならぬ関係があったのです。

ここまで関係が深いと

二人が出会ったのは運命とさえ思えますね。

ということで今回は

宇津井健さんの死去と死因

妻との再婚、山口百恵との関係

について見ていきました。

改めて宇津井健さんの

人間性がよくわかりました。

もう亡くなられていますが

宇津井健さんの生き様は

たくさんの人の中に

生きていることでしょう。

最後までご視聴いただきありがとうございました。

いかがだったでしょうか。

楽しんでいただけたなら嬉しいです。

コメントを残してくれると嬉しいです。

チャンネル登録、高評価も是非お願いします。

それでは、また。

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