森友嵐士の元妻の「多重人格」の真相…突然の別れに一同驚愕!『T-BOLAN』のボーカルを突然襲った病魔の正体に涙が零れ落ちた…

森友嵐士の元妻の「多重人格」の真相…突然の別れに一同驚愕!『T-BOLAN』のボーカルを突然襲った病魔の正体に涙が零れ落ちた…

みなさん、こんにちは。

今回は、1990年代に爆発的なブレイクを果たした人気ロックバンド

T-BOLANのボーカルを務める、森友嵐士さんの音楽人生と

前妻・マリアさんとの結婚・出産後間もない離婚の原因

マリアさんに隠された秘密と、謎の死について解説します。

まずは森友嵐士さんの、簡単なプロフィールから

ご紹介していきます。

名前:森友嵐士(もりともあらし)

生年月日:1965年10月30日

出身:広島県府中市

森友嵐士さんは1987年、22歳の頃、ドラマーの青木和義からボーカルに誘われ

ロックバンド「プリズナー」を結成します。

同年11月には「第2回BADオーディション」にてグランプリを受賞。

この当時から、ボーカリストとしての才覚が現れていますね。

1990年には五味孝氏さん、上野博文さんと運命の出会いを迎えます。

のちに爆発的なブレイクを果たす、T-BOLANを結成し

年間100本以上のライブを行い、精力的に活動していきます。

そして、翌1991年に『悲しみが痛いよ』のリリースに併せて

バンドの念願でもあるメジャーデビューへと進んでいきます。

そして、同年にはテレビドラマ「ホテルウーマン」の挿入歌に

現在の代表曲『離したくはない』が起用されることとなり

視聴者からの、多くのリクエストによりシングルカットされます。

そんなT-BOLANは、1992年にリリースした『Bye For Now』にて

脅威のミリオンヒットを記録。

以降も『おさえきれない この気持ち』や『HEART OF STONE』

『刹那さを消せやしない/傷だらけを抱きしめて』でオリコン1位を記録。

『SINGLES』はミリオンヒットを記録するなど、爆発的な人気を獲得します。

ちなみに、バンド名であるT-BOLANの由来は

グラムロックの伝説と呼ばれるバンド「T-REX」のTと

バンドボーカルを務める、マーク・ボランのボランを組み合わせたもので

「不良に憧れられるバラードを歌うロックバンド」がコンセプトなのだとか。

デビュー初期から爆発的なヒットを重ねるT-BOLAN。

一見、とても順風満帆な音楽活動のように感じますが

1999年には、森友さんの音楽人生を脅かす病が発覚します。

病名は『心因性発声障害』。

精神的な問題などから、声帯をうまく動かすことができなくなり

日常的な発声ができなくなるというものです。

原因のほとんどが、精神的ストレスによるものなので

ストレスが無くなると、発声できるようになることが多いそうですが

治療には内服薬、カウンセリングといった

精神的アプローチが必要である為、治療に伴い

音楽活動が困難になったことを理由に、T-BOLANを解散し

バンドの解散と同時に、自身の音楽活動を休止してしまいます。

音楽活動を休止してからは、ラジオパーソナリティ等を勤め

持病の治療を重ねながらも、メディアへの露出も継続していきます。

そして、バンド解散から10年が経過した2009年

症状が落ち着いてきたことから、ソロでの音楽活動を開始します。

2012年にはT-BOLANの再結成も発表され

現在は、再結成したT-BOLANのボーカルとして

精力的に活躍しています。

そんな森友嵐士さんですが、結婚後すぐの離婚を経験しているのだとか。

調べたところ、森友嵐士さんは

マリアさんという方と結婚し、現在は離婚しているそうです。

マリアさんは『メリーメリーマリー』というバンドで、

ギターボーカルを担当していました。

その為、同じ音楽関係者ということもあり

仕事上での繋がりから、徐々に距離を近めていったのでしょうね。

森友嵐士さんとマリアさんは、1994年に結婚していますが

当時、T-BOLANが人気絶頂だったことから、結婚の事実は極秘とされ

世間には公表されることはありませんでした。

結婚後、2人の間には待望の娘が誕生します。

こうして娘も誕生し、幸せに暮らしているかに思えた2人でしたが

結婚からわずか、半年という短さで離婚してしまいます。

いったい2人の間には、何が起こっていたのでしょうか?

実はマリアさんは、幼少期に実の父から性的虐待を受けており

心に深い傷を負ってしまっていたそうです。

その影響から、12人もの人格が存在する多重人格で

『解離性同一性障害』と診断されてしまいます。

マリアさんは結婚当初、森友さんには病気を隠していたようですが

子供を虐待したり、家に火を付け燃やそうとしたり

他の人格が様々な問題を起こそうとしたことから

森友さんもマリアさんの病気に気づき、病院での治療を始めます。

そんな病状にも、森友さんは理解を示し受け止めようとしますが、

お互いに別れは望んでいなかったものの、協議離婚を決意したそうです。

その後、マリアさんは2003年に別の男性と再婚しますが

再婚相手のDVにより別居を余儀なくされ、娘を施設に預けていたそうです。

そんなマリアさんは2004年、当時大きなニュースにもなった

『男女7人集団変死事件』という事件により、自ら命を絶っています。

この衝撃的な事件が起こったのは、2004年10月12日。

埼玉県皆野町にある、美の山公園の駐車場。

ワゴン車の中に10代から20代の男性4人と

女性3人が変死しているのが発見されます。

ワゴン車はレンタカーで、窓ガラスは中からガムテープで覆われており

車内には練炭を燃やした七輪があり、複数の遺書も見つかったようです。

マリアさんは、インターネット上で自殺願望のある人を募っていたようで

事件の中心的な立場であったそうです。

マリアさんは自身の日記に

息子と森友さんの間に生まれた娘に対してこのような言葉を残しています。

「ごめんね、私は母として死んでしまうけれど」

「母として、あなたたちを産んだことは幸せでした。」

マリアさんにとって家族の存在は、心からの幸せだったのでしょうね。

無念な事件で心が痛みます。

心からご冥福をお祈りいたします。

T-BOLANが1994年にリリースした『マリア』は

タイトルからも分かるように

このマリアさんを思って書いた曲だと言われています。

病気や事件の詳細を知った上で、歌詞の内容に注目すると

楽曲に対する想いがひしひしと伝わってくるので

ぜひ一度、聴いてみてくださいね。

森友嵐士さんはその後、生前マリアさんが施設に預けていた娘を引き取り

一般女性と再婚し、その再婚相手との間に息子も設けることとなります。

現在は再婚相手、息子、娘と4人で仲良く暮らしているようです。

みなさん、いかがだったでしょうか。

今回は森友嵐士さんの音楽人生と、現在について

前妻であるマリアさんとの結婚、離婚理由について

壮絶な過去、持病と死の真相についてご紹介しました。

最後まで動画をご視聴いただき、ありがとうございました。

コメントを残してくれると、嬉しいです。

チャンネル登録、高評価もぜひお願いいたします。

それでは、また。

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