みなさん、こんにちは。 『みちのくひとり旅』が大ヒットし北島ファミリーとして知られ しかし、それ以降ヒット曲に恵まれなかったが、 紅白に13回も出場している山本譲二さん。 今回は、山本譲二さんが、北島ファミリーを破門されたとの噂や 病気についての噂があったため、 その真相についてご紹介したいと思います。 まずは、簡単に山本丈二さんのプロフィールからご紹介します。 名前:山本譲二(やまもとじょうじ) 生年月日:1950年2月1日 星座:みずがめ座 血液型:A型 身長:174cm 出身地:山口 デビュー年:1974年 山本譲二さんは高校卒業後、演歌歌手に憧れて上京するも、 挫折し酒におぼれ、肝臓を壊して帰郷。 22歳で再び上京し、24歳でデビューするもパッとせず、崖っぷちに。 意を決して北島三郎さんの仕事場に何度も足を運び頭を下げ、 北島さんのカバン持ちから付き人として修行をスタート。 25歳の時に本名の「山本譲二」でデビュー。 しばらく鳴かず飛ばずが続き5年経った1980年、 30歳の時にリリースした『みちのくひとり旅』が1年越しで大ヒットしました。 そんな山本譲二さんは31歳で、 演歌スター歌手の仲間入りを果たし、1981年に紅白初出場されています。 山本譲二さんの曲がヒットしたのは31歳と、意外にも遅咲きだったのです。 それではさっそくですが、山本譲二さんが、 北島ファミリーを破門された噂について、ご紹介します。 山本譲二さんは、北島さんの事務所に何度も足を運び カバン持ちから付き人として、スタートし付き人を2年間勤めました。 次第に、演歌歌手として北島さんの元に様々な人物が 弟子として集まるようになり、北島ファミリーが出来上がったそうです。 山口ひろみさんや、大江裕さんなどが有名ですね。 そんな有名な弟子として、あがるメンバーたちなのですが 実は、破門されることも少なくないようで、弟子たちも 厳しい修行だと、語ります。 今回、山本譲二さんは、独立事務所を設立したことから 世間では、北島ファミリーを破門されたので?といった噂が流れるようになりました。 実際はどうなのでしょうか?_ 結論から言ってしまうと、破門された。というのは事実ではありませんでした。 北島さんが山本譲二さんを認め、のれん分けのような感じで 独立を認めたことが始まりだそうです。 北島さんは、いつまでも自分の弟子であることに縛り付けられるよりも 独立させて一人前になってもらいたかった。といった思いがあるそうです。 しかし、山本譲二さんにはブラックな組織とのトラブル説があったのです。 それが北島さんの逆鱗に触れ、山本譲二さんは北島ファミリーを 破門になったというのです。 さらに、山本譲二さんは、「みちのくひとり旅」以降、ヒット曲には 恵まれていませんが、紅白に13回も出場しています。 これは、紅白歌合戦に「北島枠」というのがあるそうで 山本譲二さんは、その恩恵にあずかっていたとのことです。 北島さんご本人が1枠、残りの北島枠が1枠。 ちなみに現在は、北島ファミリーには 北島三郎さんと結婚した、北山たけしさんがいらっしゃいます。 そのため山本譲二さんは独立し、 その枠から身を引く形になったのではないか。という噂もあります。 その噂を裏付けるかのように、近年の紅白歌合戦に 山本譲二さんは出演しなくなり、北山たけしさんが毎年出演しています。 このような噂もあるようですが、山本譲二さんの独立は 北島三郎さんとの仲違いではなく、あくまでも円満に独立したとのことです。 山本譲二さんは『みちのくひとり旅』で売れたときに 天狗になってしまい、態度が悪くなってしまったことがあったそうです。 そんなとき北島三郎さんから、「かわいくねえ。給料やらねえぞ」と叱られたそうです。 このことから、北島三郎さんが山本譲二さんを独立させたのも、 そういう素行の問題や北島三郎さんの威を借りるような、 山本譲二さんの態度を快く思っていなかった可能性もあるのでは? という様々な憶測が飛び交い、破門説が浮上してしまったそうです。 確かに山本譲二さんは、北島ファミリーの中心人物だっただけに 大きな反響がありましたが、独立された現在も北島音楽事務所とは 業務提携をしているそうで、関係が悪化したわけではないようです。 円満に北島ファミリーを脱退し、個人事務所を立ち上げ 独立した山本譲二さんですが、長年、闘病生活を繰り返していました。 山本譲二さんは、2009年に「顔面神経良性腫瘍」と診断を受けます。 それ以来、現在も右耳の難聴と戦っているそうです。 この病気は、鼓膜の奥を通る顔面神経に腫瘍ができたことで 鼓膜の振動がうまく伝わらず、耳が聞こえづらくなるものだそうです。 山本譲二さんの腫瘍は摘出可能だったそうですが、断ったそうです。 摘出手術を行うと、顔面神経を切断することになり 必然的に顔面マヒは避けられないとのこと。 そのため、口の筋肉が動かせなくなり、よだれが出やすく 食べ物が口からこぼれてしまう。といった症状がでるとのことで この症状は、歌手にとって、かなり致命的なもののため 山本譲二さんは悩んだ末、手術を諦めたそうです。 現在、山本譲二さんは右耳の聴覚を完全に失い、 左耳まで徐々に聞こえづらくなっているとのこと。 しかし、苦労して掴んだ演歌歌手という 仕事をこれからもやめるつもりはないようです。 歌手・山本譲二さんのファンもたくさんいますし、 声が出る限り期待にこたえたい気持ちも強いようです。 そして、最近は補聴器なども昔に比べると進化していますので、 医療器具を活用しながら無理のない歌手活動を続けている様子。 しかし、山本譲二さんの身体を病魔は更に追い討ちをかけます。 山本譲二さんは、急激な腹痛に襲われ、都内の病院に駆け込みました。 どこも診てもらえず、3つ目の病院でようやく診察してもらうことができたそうです。 検査をした結果、大腸がんと診断を受けます。 また、大腸がんによる腸閉塞の疑いもあったそうです。 そのため、腹腔鏡による緊急手術を行いました。 大腸を20センチ切って、そのうち患部が7センチだったそうです。 手術から一週間後、山本譲二さんは退院し 再検査を行ったところ、リンパ節や内臓への転移はなく 抗がん剤も使わなくていいそうです。 今後は、6ヶ月に1回、定期的な検査を行う必要はあるものの ホッとした。と山本譲二さんは言っています。 95歳になる母親を心配させまいと1度は公表しないことを決めた。 だが、転移がないことが分かり、母親に説明をしたところ、 病気のことが分からない状態だった。だから病気のことを発表しました。とのことです。 そんな病気ばかりでとても大変な山本譲二さんですが 現在は、何をしているのでしょうか? 顔面神経良性腫瘍や大腸がん定期検査を受けながらも 歌手として活動されています。 そして、最近ではタレントとして活動したり ラジオ出演やブログの更新などもされています。 さらには、情報番組のコメンテーターなどにも出演しており 歌手以外にも、メディアで活躍する姿を見せてくれています。 また、山本譲二さんの奥様も右胸に乳がんが見つかり闘病生活を送っています。 結果的に、手術を受け乳房を3分の2とリンパ節を切除したそうです。 闘病生活も当然、辛かったようですがやはり胸を切ったことによる 精神的なところがとても辛かったようです。 その為、山本譲二さんは奥様を気遣うように、家事など率先して行うなど 支えていたそうです。 また山本譲二さんも闘病中であることから、奥様も山本譲二さんに 仕事に差し支えないくらいで。と気遣っているそうです。 夫婦でお互いに、お互いを気遣いながら 家族第一で過ごされているそうですね。 今回は、山本譲二さんの、北島ファミリーの破門、病気についてご紹介しました。 現在は、病気の治療を行いながら、歌手以外の活動にも力をいれていることがわかりました。 これからも、家族第一で過ごしながらも、テレビで活躍する姿を見せてくれる日を 心待ちにしていたいですね。 最後まで動画をご視聴いただき、ありがとうございました。 コメントを残してくれると、嬉しいです。 チャンネル登録、高評価もぜひお願いいたします。 それでは、また。
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